2004年11月27日
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今年の一葉忌、一葉祭は、樋口一葉さんが5千円札の肖像に使われたということもあって、文京区でも台東区でも例年になく多くの人で賑わいました。さぞかし天国の一葉さんも喜んでいることでしょう。 今までぼんやりしかわからなかった、一葉に関係する資料や地図も配布され、一葉ファンの私にとっても嬉しいことでした。 わかりやすい地図だったので、今回は自分の中で、いつもと違う一葉忌にしようと思い、一葉さんが歩き暮らした町を、私自身の足で歩いてみました。一葉日記に「この夜伊せ屋がもとにはしる・・」と良く出てくる日ごろは見れない質屋さんの中も公開していたので中を見れたのが一番嬉しかったです。どんな思いでこの質やの暖簾をくぐったのだろう、と思うと胸に迫るものがありました。が、人が大勢でそんな感傷にふけってられないのが少し残念でした。でも今回はじめてこの質屋さんの中を公開してくれたのでこれもお札の力なのだから仕方ないなあとも思いましたが・・・ 最後に一葉記念館では幸田弘子さんの朗読も聴けました。今回はとにかくたくさんの人が来ていて、私はずっと立ったままで聞いていましたが、いつものようにとても感動しました。特に一葉の日記、最後の日記の「・・これより筆をとること続けがたし。。。」この日記を読む場面では、ジーンと胸に迫るものがありました。(この一葉日記の最後の文は私の持っている一葉日記には省略されているので、後になってみると、この言葉が正確かどうか覚えていないので確かめようがないのですが) 疲れた頭で電車に乗り、自分の家のある駅につきました。電話をしながらふとあたりを見渡すと水仙の花が眼に入ってきました。「あ〜ぁ、これは一葉さんが好きな花・・・・」と何とはなしに買ってかえり、家に飾りました。とてもいい匂いがして何だか気分がスッーと軽くなりました。今日は一葉さんの亡くなった日だったんだ、ということを思い出しやっと我に返ったのでした。 今回は、いつもと違う一葉忌・一葉祭で面食らってしまいましたが、家が遠くなってしまったせいかとてもくたびれました。一葉祭、一葉忌に行かれるのも、もうこれが最後かなと思います。 とにかくこれからは毎年11月23日、一葉さんの命日には水仙の花を飾って、静かに一葉さんを偲びたいと思います。 一葉さんも有名になりましたので、あえて私が紹介する必要もないのですが、一応、今までそしてこれからも一葉さんを応援する人間として、これだけはやっておかねばならないと思い、携帯で撮った写真なのですが、遠くていかれない方の為にUPしてみました。 資料館とかにいけば簡単に地図も資料も手に入ると思いますので、、ぜひ一葉さんが歩いたところを自分の足で歩いて一葉さんを偲んでみて下さい。 私も今回見れなかったところもあるので、次回は11月23日ではない日に行こうと思っています。 2004/11/23 |
一葉記念館で配布された地図を私なりに手直しして、私なりの簡単な解説をつけてみました。
(配布された資料の地図には小説の引用はありませんが、もっと詳しい解説があります)
| 地図の番号 | 名称 | 簡単な解説と『たけくらべ』からの引用文 |
1 |
三島神社![]() |
たけくらべの中で「三嶋神社(みしまさま)の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦(いへ)もなくかたぶく軒端の十軒長屋二十件長屋や、商いはかつふつ利かぬところとて半ばさしたる雨戸の外に、・・」と出てくる神社。 金杉通り沿いにある。 樋口一葉が文京区に仕入れに行った時は、言門通りを巣鴨よりにまっすぐ来て、金杉通りに曲がり、この三島神社を曲がって、一葉がやっていた金物駄菓子屋であったAの一葉の家まで荷を背負って帰ったのだろうか・・そうだとするとかなりの距離を歩いて大変だったろうなあと思った。 吉原から三島神社までのことを一葉は『たけくらべ』の中で「この三島様の角までは気違い街道、おん顔のしまりいずれも緩みて、はばかりながらおん鼻の下ながながと見えさせたまえば、そんじょそこらにそれ大したご男子様とて、分厘の価値もなしと、辻に立ちてご慮外を申もありけり」と書いている |
| 2 | 樋口一葉旧居跡![]() ![]() |
一葉記念館のすぐそばの樋口一葉が小説は糊口の為にやるべきではないと決心し、日銭を稼ごうとはじめた金物駄菓子屋をやっていたところ。この家の前の道ををまっすぐいくと吉原の大門。女の人ははいれないので、たけくらべの書き出し「廻れば大門の見返り柳」とあるのはまっすぐ行けるのは男だけで、女は廻って行かなければこの柳は見ることができないので<廻れば>という言い方をしたらしい。 とにかくこの道は「明けくれなしの車の行來(ゆきゝ)に・・」というぐらい車の往来が激しかったらしい。 お店を出したらすぐに向かいに住んでいる人が買いに来てくれた、と日記では嬉しそうに記されている。下町ならではの人情味に触れ、はじめて商いをして心細かった一葉一家は救われたのではないだろうか。 |
| 3 | 樋口一葉記念館![]() |
一葉がこの竜泉を舞台に名作『たけくらべ』を書いたことを、後世に残したいと地元の人の働きかけでできた一葉記念館。 現在は台東区が運営しているらしいが、5000円札効果の影響か、訪れている人が増えているので、4階建てに建て直す計画があるとのこと。 貴重な一葉の手紙や来ていた着物、簪、など多くの資料が展示されている。 |
| 4 | 見返り柳のある 土手通りの 吉原大門の交差点 ![]() 見返り柳のあるところから 吉原神社までの通り ![]() |
見返り柳は現在ガソリンスタンドの隣にあり、『たけくらべ』に出てくるような面影はない。私が高校生の頃一度見に来たことがあったのだが、まるで記憶がない「あれが見返り柳だよ」と友達が教えてくれたのだが、その友達もどうしていることやら音沙汰なしだ。 この見返り柳から吉原神社までの通りは柳並木になっており少し横に入ると、スーツを着たお兄さんたちがあちこちに立っていて、歩いていても怖いところ。お酉様と一葉祭が重なった時にあまりにも混んでいたので、いつもと違う道を通ろうと思い横道にそれたら<ここ>だったのでびっくりしたことがある。その時はさすがに通れなくてすぐに引き返してしまったのだが・・昔はここが吉原だったんだなと思わせるところだ。 今回は勇気を出して歩いてみた。といっても横目でちらちらと見ただけだが。とても私らが物見遊山で通ってはいけない雰囲気のところだ。地図中のCからDまでの水色の点線で囲まれたところが溝に囲まれていてその中が吉原遊郭だったそうだ。 |
| 5 | 吉原神社![]() |
吉原神社は昔の花魁も参拝したという神社で、現在は浅草七福人のひとつの弁財天になっていて毎月1日は賑わうそうだ。 神社に入ったすぐのところに久保田万太郎の言葉が書いてあった。これは自筆なのかな?? ![]() |
| 6 | 吉原辨財天![]() |
江戸初期吉原遊郭造成の際に残された池の一部だそうで、遊郭楼主がの信仰を集めたところだそうだ。 小さな池に鯉?が泳いでいてさびれた感じのする風情のあるところだった。 ![]() |
| 7 | 鷲神社![]() |
商売をしている人なら知らない人はいないお酉様で有名な神社。 『たけくらべ』の中で、「あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるよう、裏にはりたる串のさまもおかし、一軒ならず、二軒ならず、朝日に干して夕日にしまう手当ことごとしく、一家内これにかかりてそれは何ぞと問うに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎたもうこれぞ熊手のしたごしらえという・・・」と出てくる神社。この中にも一葉の碑があるそうだが見忘れてしまった。 |
| 8 | 大音寺![]() |
『たけくらべ』の書き出し、「・・大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申しき・・」と出てくる大音寺。今は国際通りの大きな道路が一葉旧居跡と分断されている感じがするが、昔のこの界隈の模型をみると国際通りはそんなに大きな通りではなかったように思うが・・・そうでもなかったのだろうか?![]() |
| 9 | 千束稲荷神社 | 次回UPします |
| 10 | 竜泉寺 | 次回UPします |
| 11 | 朝日辨財天 | 次回UPします |
| 12 | 太郎稲荷神社 | たけくらべの中で夏祭りの喧嘩の後のシーンで「風邪にしては熱もなければ大方きのうの疲れと見える、太郎様への朝参りは母さんが代理してやればご免こうむれとありしに、いえいえ姉さんの繁盛するようにと私が願をかけたのなれば、参らねば気が済まぬ、・・・」という場面で出てくる神社。 |
| 13 | 浄閑寺 | 次回UPします |
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