| 樋口一葉を語る上で忘れてはいけないのが「萩の舎」という存在です。 萩の舎は、一葉が小学校を11歳で卒業してから、学問好きな一葉の為に、父親が明治19年8月20日、 一葉14歳の時に入門させた中島歌子が主宰していた歌塾でした。 萩の舎は鍋島家、松平家をはじめ名門の夫人や子女が入門していて、一葉が入門した頃が最盛期で、 一時は千人余りの門下生を抱えていたそうです。 一葉は萩の舎で上流階子女に交わりながら、歌や書、およびその基礎教養として 八大集や「伊勢物語」「源氏物語」「枕草子」などを学んだそうです。 その萩の舎跡地をぜひ廻ってみなくてはと思いつつ、なかなか行かれず、 昨年の夏、まだ夏の日差しがきつい時期に回ってみました。 |
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後楽園駅を降り、北野神社を目指してゆく。 行く途中に「春日の局」の銅像があったので撮ってみた。 そういえばこのあたりの町名は春日だ。 近くに都営大江戸線に「春日駅」もあるし、 何かゆかりがあるのだろうと思いながら先を急ぐ。 |
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しばらく歩くと北野神社が見えてきた。 境内には狛犬ではなく牛が鎮座ましましている。 ここは「牛天神」ともいうそうだ。 牛の体をなでると願い事がかなうというので、 私は思いっきりなでてきた。 その後利益は果たしてあったのだろうか? 北野神社の境内の中に中島歌子の歌碑があった。 |
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←中島歌子の歌碑 |
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←こちらが北野神社の表だったようだ。 私は裏から入ってしまったようだ。 表からの方が階段がきついので、裏の道を教えてくれたのだろう。 萩の舎を探すという目的がなければ、もと来た道を帰ったのだが、 私は萩の舎を探したかったので、この階段を降りて、萩の舎跡を探した。 北野神社では、中島歌子の歌碑をとったり、、すぐ近くの弁天様を拝んだりとしているうちに、 思いっきり藪蚊にさされ、足が痒くて痒くてふくれあがってきた。 それでも、その足で萩の舎を探さなくてはと、あちらこちらと動きまわった。 |
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そうこうしているうちにやっと萩の舎跡らしきところを見つけた。 今はもうマンションが建っていて、当時の面影は影も形もないが、 ここに一葉さんが通ったんだと思うと感慨深い。 |
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このマンションの前の道路をみるとちゃんと道しるべがあった。 あっ、やっぱりここでよかったんだとホッとした。 蚊にさされた足がものすごく膨れてきて、 いてもたってもいられず、ゆっくり感傷にふける状態ではなかったが、 念願の萩の舎跡を、この眼でみることができてほんとに嬉しかった。 何年もかかった課題をやっと終え、早くこのことをまとめようと思っていたが、 携帯で撮った写真があまり良くなくて、躊躇していたが、思い切って UPしてみることにした。 場所がはじめからわかっていれば、駅からは近いし、 もっとはやく探しあてることができたのだろうに。 残念ながら、本郷からの広範囲にわたる一葉案内の地図がなくて、 こちらの方を探すのに結構時間がかかってしまった。 一葉さんは本郷から、この道を歩いて通ったのだなあと思うと、何とも昔の人は凄いなあと 思わずにいられなかった。 この後、私の足はもの凄いことになってしまい、 後楽園駅の近くの薬局に駆け込んだのでした。 北野神社に行く時は寒い時が良いようです。 おわり |
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