私が見つけた一葉にこだわる方々















「にごりえ」の粗筋



小石川周辺の埋め立てた新開地、銘酒屋とよばれる酒屋を装った密淫売街でのある出来事。
「おい木村さん、信さん、寄ってお出でよ」と店先に立って客寄せをする三十近いすれた女と
「やけぼっくいに何とやら、又よりの戻る事もあるよ、心配しないで待つがいいよ」と声をかける女、
見れば中肉の背格好のすらりとした色白の美人、言わずと知れた菊の井の一枚看板お力。
年は一番若いが客を呼ぶのに妙があり、愛想を言うでも無く器量を自慢するでもないが、近来稀にみる
拾い物と言われる女。
このお力、さる雨の日に表を通る山高帽子の三十男を店に引き入れる。見るところ身分のある紳士風、
結城朝之助である。
「お前は士族か平民か」「さあ、どうござんしょうか」「そんなら華族か」「お華族のお姫様が手ずから
のお酌かたじけなく御受けなされ」。お力のどこか投げやりな物言い、表情に不思議な興味をもつ朝之助。
客の懐に手を差し入れ、紙入れ(財布)を出して「これで、皆の祝儀にしませう」無邪気なお力に対して
「諸事おまかせ申す」。その寛大な態度にやはり魅かれるお力。
この日より週に二三日はお力の顔を見に来る朝之助。
男振り良し、気前良し朋輩の女もうらやみ「力ちゃん、あの方は今に出世なさるに違いない、その時は
お前の事を奥様とでも呼ぼう、源さんが聞いたら気違いになるよ」と冷やかす。

同じ新開地のはずれ雨が降れば傘もさされぬ程の狭い露地、塵溜わきのあばら家にかつては裕福な蒲団屋
であったが、その身代のすべてをお力に使い果たした源七が棲む。貧にやつれた女房、四つばかりになる
息子太吉。今だに人生を狂わせたお力のことを忘れられず仕事も手に付かず鬱窟と日々を送っている。

「私のような者に逢いに来る年でもないけれど縁があるのか未だに折りふし何の彼のと云って今も下座敷へ
来たのでせう。寄らず障らず帰した方が好いのでござんす」語る言葉に悲しみと寂しさがにじむお力。

盆の十六日の夜は何処の店も客であふれている、菊の井の下座敷にも調子っぱずれの都々一、端歌が響く。
「力ちゃんはどうした心意気をきかせろ」。お力には底知れぬ心の暗さがある「ああ、嫌だ嫌だどうしたら
人の声の聞こえない物の音のしない静かなところへ行かれるだろう」店をとびだし街をさまよい歩く心には
遠く響くかつての思い出がある。
突然に朝之助に呼び止められ今夜の約束を思い出すお力。いつもと様子の違うお力を見ても心を明さぬお力
にあくまでも傍観者の朝之助。

一気に大湯呑に二三杯あおると静かに語りだすお力。
「私が七つの年の冬でござんした・・」貧しさの中に育ち破れ鍋さげて米屋でその夜の一家の米を買ったは
いいが帰りに氷に足を滑らせて米を溝に流してしまった。帰るに帰れずただ泣きたたずむばかりであった。
捜す母に見つけられ家に戻ったが誰ひとり叱るでもなく、言葉もなく溜め息をつくばかり「その頃より私は
気が狂ったのでござんす」語り終え、淋し気な笑みをよせるお力。

日々、酒に溺れる源七の家。太吉がお力に貰ったカステラを持ち帰ったことで妻の不満が一気に源七に吹き
出す、しかし出口のない欲求が妻への離縁という決断をさせる。妻はあまりにも悲しく情けない思いを胸に
太吉をつれて家を出る。

魂祭りの余韻の残るある日、新開の街を出た二つの棺があった。一つは駕に一つは棺に棒を通して肩に担いだ
粗末なもの。
つまらぬ男にやられたという者もあれば、合意の心中という者もある、女は袈裟に斬られた痕があり男は見事
な切腹であったというが諸説みだれて取りとめないが寺の山から人魂が飛ぶのをみた者がいると伝えられる。


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