1999/09/11

マリリンと友達

メイクアップ.テ−ブルで


この写真を見て”おつむの弱いブロンド娘”を

連想する人がどれだけいるだろうか?

私には、ひとつのある役柄を真剣に演じようとしている

ひとりのすばらしい役者に見えるのですが・・

マリリンについて知っていることはほんのわずかですが、その中でも

サム.ショ−:写真 ノ−マン.ロステン:文 「マリリンと友達」という本は

何よりも愛情を込めて、人間としてのマリリンを伝えている本

だと思いますので、この中より私の好きな写真と文を載せてみました。


    


「マリリンと友達」より



111111111まず言いたいこと


マリリンは1962年に死んだ。

36歳だった。

それ以来、ありとあらゆる世代の人々が、

この驚くべき女性の生と芸術とに

魅せられてきた。

通行人の一人だったり、

たった一行の台詞を

しゃべるだけだったりの無名時代から、

真のコメディエンヌとして開花し、

半ダ−スもの素晴らしい作品を残したマリリン。

私たちは繰り返し、彼女の生涯へ、

そして自殺へと、立ち戻る。

B級のメロドラマ?ギリシァ悲劇?

それともただ単に

報われなかった人生−−−−もっとも気高い戦士

たちでさえ逃げられない宿命?

マリリンについてこれ以上何を知ろうというのだろう?

私生児として生まれた子、

里親に育てられた少女、

ハリウッドに魅入られた娘−−−−−炎に惹きよせ

られる蛾のように−−−−−、ノ−マ.ジ−ン.ベイカ−

からマリリン.モンロ−への脱皮、

スタ−の栄光、

世界的な名声、結婚と離婚、むしばまれていった肉体、

精神の崩壊、そして死。

今日、私たちは記憶によって

彼女を復活させる。

私たちはいま、あの心の純粋さ、

あの美しさ、一度は失われてしまったあの人の、

時を超えた勝利に立ち合う。

いま私たちは、彼女を真面目にとらえようとしている。

芸術家として、人間として。

解放された女が流行する前に

すでに解放されていた女、

それゆえに誉れをうけ、そして人生を失った女として。

−−−−略−−−(隣の行へ続く)


−−−−−略−−−−−−−

私たちの写真と言葉とが

差し出そうとするのは、

暗い出生の秘密を持ちながら、

たゆまぬ努力で

負い目をのりこえ、

人生を立派に生き抜こうとした

一人の女の姿である。

彼女は階級制と

偏見の世界にぶつかりながらも

自分自身と女たちのために、

新しい道を切り拓いた。

さて、それを証言しようとする私たちは、

彼女が好きだった。

愛していたといってもよい。

私たちは、

彼女のすてきなユ−モアを

身近に楽しんだだけでなく、

彼女の欠点、愚かなふるまい、

かんしゃく、弱み、

それから公私双方にわたる

苦しい日々も、ともにした。

俳優や撮影所の幹部たちには、

彼女を侮辱する者もいた。

しかし、彼女には、すべてをはね返す

最後の切り札−−−明るい歓声があった。

それは、生きていること、

仕事を愛することの喜び−−−この甘く狂おしい

想い出のアルバムのなかから、

私たちの前によみがえり

立ち現れようとしているのは、

そんな彼女の

生そのものである。

111111111111111111文:ノ−マン.ロステン


     


この本の中から私はマリリンが好きだったもの

マリリン自身がつくったものをピックアップしてみました

(少しでもマリリンがどんな人だったのかが知りたくて・・・)







   




彼女は子供が好きだった

なぜか人が躍動している写真を好んで撮った

たぶん動いている肉体の生命感と

楽しげな遊びの気分を愛したのだろう




と著者ノーマン・ロステンは言っています。


次の写真はマリリンが自ら撮った写真です



この写真の子は、著者ノ−マン.ロステンの子供”パトリシア”です。

マリリンは、この本の著者ノ−マンとその奥さんヘッダと家族ぐるみの付き合いをしていたそうです。

マリリンはこの”パトリシア”をとても可愛がっていたそうです

ある時、”パトリシア”がマリリンの化粧箱を好奇心から、夢中になって探索していたのを発見した時、

いさめるどころか、さもあたりまえというように、鏡の前にちゃんと座らせ、メイクアップをしてあげ、髪も優雅なフレンチ.ツイストに結いあげて素敵なレディにしたて、ノ−マン.ロステンの家族に誇らしげに披露したそうです。

また、マリリンは、偶然ロステン家の本棚から見つけた、

ロステンが自分の娘の為に書いた、

「パトリシアのための歌」という詩集を、とても気に入っていたそうです。

父親が娘を思う気持ちはこうなのかと想像して、きっとうれしかったに違いないと私は思います。

家族のいないマリリンには、この家族とのふれあいがとてもうれしいものだったのでしょう。

マリリンは死の直前まで、ノ−マン.ロステンの奥さんに会いたがっていたそうです。マリリン自身が残したものは、たくさんの映画なのですが

私はマリリンの好きなもの、書いたものの中から、マリリンがどんなことを考えていたかを知りたいのですが、今はまだわかりません。

ただ、この本の中でマリリンが残した詩がありましたのでそれを載せてみました





以上「マリリンと友達」より(1989年 弟1刷)

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