接収解除を待っていたかのように、帝国ホテルには観光やビジネスのために外国から訪れるお客さまがたくさん、おいでになりました。
それまでの250室ではとても間に合わなくて、ライト館の北館の裏側に、新館を建てることになりました。
マリリン.モンロ−さんがおいでになったのは、工事が行われているころ、昭和29年2月のことでした。
野球の名選手、ジョ−.ディマジオさんと結婚されて、新婚旅行に日本や韓国をお回りになっているとのことでした。
お泊りになったのお部屋は、以前に重光さんがお入りになっていた続き部屋のスィ−トで、春なら桜のとてもよく見える位置にあります。
おしのびで来日されたのに、報道関係者やファンがドッと押し寄せて、大騒ぎになってしまいました。
ホテルの前にあったハスの池に落ちる人までいたくらい。
映画を見たこともなければ、芸能関係のことにはうとい私ですが、さすがにこの騒ぎには驚き、よほど人気のある方なんだなあと思いました。
この騒ぎのおかげで、ディマジオさんは、すっかり不機嫌になってしまわれました。
せっかくのハネム−ンに観光も楽しめず、ホテルに閉じこもりきり。あとで伺ったのですが、ひどくやきもち焼きの方だったそうです。
それでもモンロ−さんは、おひとりで窓際に出られて、外のファンや報道の方に手を振ってあいさつしていらっしゃいました。
そうすると、ディマジオさんはますます機嫌が悪くなって、ものも言わずにベッドにもぐりこんでしまわれるのです。
かわいそうに、モンロ−さんは、そんなご主人のことをとても気に掛けていらっしゃるようでした。
ある夜、宴会場の方に向かって、廊下をひとりで歩いていらっしゃる後ろ姿を見かけましたが、考えごとでもしているみたいな、沈んだ様子で、気になりました。
お食事は、ほとんどお部屋の中で、ふたりで召し上がることが多かったように思います。
呼ばれてお部屋に伺いますと、ちょうどモンロ−さんは、バスル−ムから出ていらっしゃったところでした。
バスタオルを胸のあたりに巻いただけのお姿で、ピンク色に染まった肌があまりにもおきれいなので、どきどきしてしまいました。
「とっても、肌がおきれいですね」と、申し上げると、「あなたのその黒髪の方がきれいよ」と、私のほっぺを両手できゅっとはさんで、ニッコリなさるんです。
とうとう予定を早めてお帰りになることになり、その別れぎわに、モンロ−さんは、私の目をじ−っと見つめて、「アイ.ミス.ユ−」って、とてもやさしい声でおっしゃったんです。
こんなふうになさるのはあの方だけでしたから、また、私はどきどきしてしまいました。
いろいろとうわさを立てられた方のようですが、私がお合いしたモンロ−さんは、とても感情がこまやかで、気持ちのやさしい方でした。
のちに亡くなられたと聞いて、大変ショックを受けました。お薬の飲みすぎと聞きましたが、とてもおいたわしいことです。
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