1999.11.21

パ−トU


夜鳴鶯の賦


私の心は疼き、

私の感覚は物憂い麻痺のために痛む、

あたかも毒人参を口にしたか、

それとも、今しがた阿片を入れた杯を飲みほし、

「忘却」の深い淵に沈んだかのように!

それは、夜鳴鶯よ、

お前の幸福を羨むからではなく、

お前の幸福に私自身が酔いしれているからだ。

軽やかに翔ぶ森の精よ、

お前がぶなの木の鬱蒼とした緑の木陰のどこかで、

そこの快いたたずまいに誘われ、

声を限りに心ゆくまで、

夏の喜びを歌っている

お前の幸福に私が酔ってるからだ。


ああ、私はあの美酒が飲みたい!

地下の奥深い穴蔵で長い年月の間貯えられ、

冷やされ、花の女神を、

田園の緑を、踊りを、

プロヴァンスの恋歌を、

赤々と太陽の輝く南方の歓喜を、

味わわせてくれるあの美酒が飲みたい!

そうだ、暖かい南の味を湛え、

本物のあの赤いヒポクレネの味を湛えた、

緑から溢れ出る泡をたてて

赤く染まった飲口をもつ杯を、口にしたい!

もしその杯を飲みほし、

人知れずこの世を去り、

お前とともに暗い森陰に消えてゆければ、と願う。


そうだ、遠くへ消え果ててゆき、

葉陰で鳴いているお前には到底分からぬ

この世の悲しみを忘れたい、・・・この世には、

どうするすべもない物憂さ、熱病、

そして、苛立たしさがある。

そこでは、人間は顔を見合わせれば

相手の呻き声を耳にし、

中風を病んだ老人は

残り少ない白髪を震わせ、

若者は蒼い顔をして

亡霊のように痩せ衰えて死んでゆく。

そこでは、ものを考えること事体が、

悲しみと鉛色の眼をした

絶望に憑かれることを意味する。

美しい女の輝く明眸も長くは続かず、

その明眸に憧れる若い恋人にも、

明日という日はない。


そうだ、美酒の力をかりるのはやめよう!

夜鳴鶯よ、

お前の傍へ、バッカスとその豹に引かれてではなく、

たとえ私の頭脳が鈍く、

混濁しているとはいえ、

「詩的想像」の見えざる翼の力をかりて、

飛んでゆきたい。


ああ、やっと今、

お前と一諸になれた!

この夜の何とやさしいことか!

恐らくは妖精のような星の群れにかしずかれ、

月も女王然として夜空に君臨しているよう。

だが、

ここには、ほの暗い樹樹の間を抜け、

曲折した苔むす小道をかすめて吹いてきたそよ風と、

夜空から洩れてきた微かな月影が、

睦び合っているのみだ。


私には、足元にどんな花が咲き、

木々の枝にどんな薫り

豊かな花が咲いているのか、

その姿を見ることはできない。

だが、ほんのりと芳香漂う暗闇の中で

、このよき季節に誘われて、

草や茂みや生気溌剌たる果樹が

あたりに放っている薫りから、

ただそれとなく想像する他はない。

さんざしの白い花も、

牧歌に謳われるエグランタインも、

木の葉に埋もれては忽ち凋んでゆく菫の花も、

五月半ばには誇らしげにその初児然として

蕾を綻ばせ、甘い夜露に濡れ、

夏の夕べに飛び合う

羽虫のたかる麝香薔薇の花も、

ただ感じられるのみだ。


暗がりの中で私は今じっと耳をすましている。

先ほどから、なんど、

私は安らかな「死」に恋焦がれ、

切々たる恋慕の歌を歌い、

そっとその名前を呼び、

この息の根を静かにとめてくれと、

頼んだことか!

今ほど死ぬことを、−−−そうだ、この深夜、

お前がかくも恍惚として

あたり一帯に自分の魂を?らせている間に、

苦しむことなくこの世の生を終えることを、

無上の幸福だと

しみしみ思ったこともかつてなかったのだ。

恐らくいつまでもお前は鳴き続けよう、

たとえ私がお前の挽歌を耳にすることなく、

地下の土と化した時でも。


おお、死を知らざる、永久不滅の鳥よ!

飢えに苦しんだいかなる時代の者も、

お前を無下に退けることはなかった。

今宵この束の間の一刻、

私が聞いているお前の声は、

古の宮廷の皇帝と道化の耳をもうたったに違いない。

おそらく、故郷恋しさに、

遠い異境の麦畑で

涙を流して佇んでいた、

あのルツの心にしみ通った歌声と

同じ声であったに違いない。

いや、どこかの寂しい妖精の国で、

荒涼たる荒海の

白い波涛を眼下に見下ろして

開け放たれた魔法の窓を、

幾度か魅了した歌声も同じ声であったに違いない。


ああ、この寂しいという、

この一語の沈痛な響きは、

私をお前からこの孤独の世界に

呼び戻す弔鐘のように聞こえる。


さらばだ!

想像の力は、人を欺く力をもつ妖精のようだと、

人は言うが、噂ほど私を欺くことは結局できない。

さらばだ、夜鳴鶯よ!

お前の訴えるような歌声が

今消えてゆく。

近くの草地をこえ、

静かな小川をこえ、

山辺をこえて消えてゆく。

そして、今、

その向こうの谷間の沼地に

深々と吸い込まれてゆく・・・。

私は幻を見ていたのか、

それとも白日夢を?

歌声は消えた。

私は眠っているのか、覚めているのか?


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